飯塚絋平の両親・家族構成は?自宅や出身校について調査しました!

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2019年7月に飯塚容疑者が強盗事件で保護観察の付いた有罪判決が確定。

担当の保護司として立ち直りの支援にあたっていた新庄博志さん60歳が殺害された痛ましい事件。

容疑者の生い立ちや自宅について調査しました。

目次

飯塚絋平の両親・家族構成は?

飯塚容疑者は両親との3人暮らしです。

近所の方の取材によると、飯塚さん家族は近所付き合いがほとんどなかったとのことで、両親の情報もほとんど見当たりませんでした。

しかし、事件の発覚は母親から警察に通報があったとの内容が明らかとなっていたり、帰ってこない飯塚容疑者の届け出を警察に出していたことから、息子に関心を持ち、常識もある母親だったと考えられます。

事件は先月26日に発覚しましたが、その後、行方不明になっていた飯塚容疑者の母親から「事件に息子が関与したかもしれない」という趣旨の連絡が、警察に寄せられていたことが捜査関係者への取材で分かりました。

テレ朝newsより

しかし、世間の声としては、自宅に引きこもりがちで、職を転々としていた飯塚容疑者の母親に対し、親にも責任上がるなどの意見もあります。

飯塚絋平の自宅はどこ?

飯塚容疑者の自宅は滋賀県大津市仰木の里4丁目にあります。

仰木の里(おおぎのさと)は住宅・都市整備公団によってニュータウンレークピア大津“仰木の里”」として開発された地区です。

1丁目~7丁目まであり1,866世帯 4,642人で構成、小学校と中学校が1つずつある小さな町です。

計画は健康づくりのできる集会施設を含む広々としたプラザを中心として各戸のつながりを重視し、コーポラティブ意識を高め、とりのあるまちなみを形成し、高級感をだすことをめざしている。

一般財団法人 住宅生産振興財団より

街としては、新しく開発された町ということもあり、過ごしやすく洗礼された町でもあったようです。

とても物騒な事件が起こるような街ではなかったため、大津市でも衝撃が走った事件となりました。

飯塚絋平の出身学校はどこ?

飯塚容疑者が幼少期から仰木の里で過ごしていたとなると、出身学校はいずれも、大津市立仰木の里小学校 ・大津市立仰木中学校と推測されます。

大津市立仰木の里小学校

1990年(平成2年)4月1日 -大津市立仰木小学校から分離して開校

大津市立仰木中学校

1994年(平成 6年)堅田中学校から分離独立し、大津市立仰木中学校として新設開校

以前はサッカーが強いことでも有名だったようです。

まとめ

飯塚容疑者は両親と暮らしており、母親は息子に関心がある、常識的な人であると考えられます。

また、飯塚容疑者が暮らしていた町は、レークピア大津“仰木の里”として開発され、とても物騒な事件が起こりそうな町ではありませんでした。

近所付き合いはほとんどなかったとのことですが、周囲の方も安心して暮らせるよう、飯塚容疑者の行く末をしっかり見届けたいですね。

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